将棋とのこれまで
将棋の魅力をにわか将棋好きがちょっとだけ書こうと思ったら自分語りになったんで今日は将棋との出会いから今までについてだけ書きます。
僕が初めて将棋を指したのは小学校の頃できっかけは全く覚えていない笑。
しかも指すと言っても父と指すか駒の動き方をなんとな~く覚えている母と指すぐらいでなんとな~く駒を取ってなんとな~く駒をべたべた打つという今思えばしょうぎって感じのものだった。
当時はネット将棋なんてものもなく周りに指す人もいなかったので好奇心旺盛な年頃だった僕は将棋にハマることもなく周りでみんながやってた野球やサッカーに精を出し将棋を指すということからは離れていった。
だが自分では指さなくなったものの何故か毎週日曜のNHKの将棋だけはよく観戦していた。
難しい解説を聞いて解ったつもりになり次の手を自分なりに考えたりするのが楽しかった。今思うとこの頃の習慣が今の将棋との付き合い方に大きく影響していると思う。
そんな僕も今ではネット将棋が当たり前になって何時でも何処でも気軽に対局できるという環境に後押しされて指すのだけれどそれでも指す頻度よりも圧倒的に観戦時間の方が長い。
ネット将棋で常に誰かしらが対局しているのを眺めながらこう指したらどうなるんだろうとか、この次にこの人はどんな手を指すんだろうと思考を巡らせながら観戦するだけで楽しい。
こう指したらいいんじゃないかな~と自分なりの手を考えて実際に対局者が自分の考えと同じ手を指した時など「やっぱそうだよねっ!」という一方的な共感とかはSNSでの共感と近い感じのものを感じて嬉しくなるのは自分だけかな!?
んでね凄く白熱した対局とか見たりすると「ちょっと一局やるかっ!」ってなるんですよ。
鼻息荒くしてスマホ顔に近づけて指すんです笑
そこで勝つと熱戦見れたし対戦も勝てたしあぁ楽しかった!ってなる時もあれば
意気込んで返り討ちにあったりね笑
この返り討ちにあうとん~不味い、もう一杯!!ってなるんですよ笑→また負ける→もう一局!→また負ける→もう(ry
はいこれで負のループ完成ね笑
とまぁこんな感じで将棋楽しいよってことでおやすみ。
「初めて」というミスディレクション使い
先日、大学時代の恩師が亡くなられた時の話
僕は葬儀の日に伺うことができず後日、弔問することにしたのだがこれまでに改めて後日伺うという経験がなかった為、その際のマナーなどを調べることにした。
事前に連絡をするとか服装は平服でいいとか香典は持っていくのかとか長居はしない方がいいとか
まぁ何処のサイト見ても同じようなことを書いているので極力、失礼のないようにと頭の中で「初めての後日、弔問テンプレ」を作り上げた僕は完全に故人を偲ぶという本質が希薄になっていることに気づかぬまま恩師宅へ向かったのだ。
恩師宅に着いた僕は用意したテンプレの挨拶を構えてインターホンを鳴らすのだが結果から言うと完全に恩師夫人に救われた。
玄関が開くと夫人はブラックホールの如く僕を引きずり込み恩師の部屋へ放り投げると間髪入れずにアルバムを取り出しこれがつい最近のだとかこれはあの時ので~と捲し立ててくる。
ここまでに僕が発した言葉は「お久し振りです」と「はい」のみ、完全にマウントポジションを取られていた。
用意した弔問テンプレがおもちゃの銃だと気づかされた僕はもう素手でいくしかなかった。
負けじと思い出話を繰り出す。
気が付けば一時間以上話してた。
ついさっきまで事務的にこなそうとしてた自分が恥ずかしく情けない。もし僕のテンプレ通りに弔問が終わっていたら…
大切なことに気づかせてくれた夫人に心の中で感謝をして今日はおやすみ。
初手7六書く
「ブログでもやってみよう」
そう思ったのが3月の半ば頃
そしてやっと今日、こうして書き始めた訳なんだけど何を書けばいいのか分からない!と言うのがこの1ヶ月間。
そもそもブログと言うものにほとんど関わってこなかった人間がいきなり始めようと思えばそりゃそうなるよね。
なのでこの1ヶ月間、色んなブログをこそこそ覗いて至った結果が「なるほど…やっぱり何を書けばいいか分からない!!」
結局、今色んな見てきたブログを思い出しながら、あーここで参考にしたブログのリンクを貼れば何かそれっぽくなるのかなとか思いつつやり方が分からないので割愛と言うなの妥協。
なるほど「とりあえず始めてみろ」と書いてあったが書き出してみれば自分のスキルのなさやらが見えてくる訳ね、ホント初期装備の冒険家ってやつだわさ。
とまぁ今日は自分のレベルの低さに気づけたのを収穫として次の朝を迎えるとしよう。
ちなみにタイトルの「初手7六書く」は将棋の代表的な最初の一手「7六歩」から持ってきました。という将棋好きをほんのりアピールして今日はおやすみ。